アジアにおける自然災害保険の引受け: 失われた10年を持続可能な未来へ

自然災害という本質的に不確定な現象に対し、保険業界は可能な限り正確に理解し、予測するという点で、大きな進歩を遂げてきました。しかし近年の事象は、まだ道のりは遠いということを我々に気づかせるものとなりました。

2011年から2020年にかけて、アジアの (再) 保険業界は繰り返し自然災害による打撃を受けました。2011年に世界的な影響を及ぼした一連の事象に加え1、2018年には台風21号 (Jebi) が日本を襲い、この単一事象による保険損害は120億米ドルに上りました。この出来事が前兆であったかのように、2019年にはさらに2つの台風が日本を襲い、2019年、2020年にはオーストラリアで大規模な洪水および山火事が発生しました。

これらの災害は、モデリング結果と実際の損害の間に大きなギャップが存在することを明らかにしたと同時に、この期間が自然災害の引受における「失われた10年」であったことを示しています。これが市場の混乱、さらには(再) 保険資本へのアクセス困難につながり、2011年のタイの洪水後に生じたように、現地における保険カバーの提供が難しくなる可能性さえあります。

この問題は特にアジアで顕著ですが、他の地域でも同様のことが見られています。フランス、ドイツ、オーストリアで発生した雹嵐、南アフリカの洪水など、過去18カ月に発生した未曾有の自然災害を受けて、世界の (再) 保険市場はリスク許容度とモデリングを見直しています。本記事執筆時点では、米国フロリダ州もハリケーン・イアンの被害と格闘しています。

モデリングによる損害予想と実際の損害の差が解消されなければ、長期的には (再) 保険業界が十分な保障を提供できなくなる可能性があります。地域の自然災害リスクに基づく適正な保険料率設定のためには、保険会社が質の高いデータと強固なモデルにアクセスできなければなりません。これは保障を提供し続けるため、および災害後にビジネスや地域社会が回復し再建する力を持ち続けるために不可欠です。

不足分に対応する

自然災害はアジアの保険業界に迫りくる影となっています。災害の規模が増大しているだけでなく、頻度も増え、洪水、雹、山火事など種類も多様になっています。このことは、幅広い予定損害額をカバーし、ボラティリティ増大を見込んだ引受マージンが必要であることを強調しています。

懸念すべき点として、2011年から2020年にかけての実質損害総額は、同時期についてモデルが予測していた額のおよそ2倍に上りました (図1)。楽観的シナリオを想定して最大規模の事象 (2011年東日本大震災など) を除外する、または時間軸を延長するなどして想定を大きく超過した損害を調整した場合でも、損害の予想額と実際の損害額には明らかなギャップが残ります。同期間中の保険料では、実際の損害を補填するのが精一杯であり、引受および資本コストなど、その他の費用をカバーすることはできていません。

図 1: 2011~2020年「失われた10年」のアジア太平洋地域における自然災害による名目実質損害総額 vs 予想額 (モデリングによる) の比較

保険業界はモデルを見直すことで対応していますが、これまでの成果はギャップを完全に埋めるには至っていません。アジアは自然災害のリスクデータおよびモデリングにおいて他地域に後れを取っており、2000~2020年のプロテクション・ギャップは、米国および西欧で70%であったのに対し、アジアでは92%でした。2022年のオーストラリアの洪水、2021年のマレーシアの洪水などの事象では、保険業界はまた不意を突かれる結果になりました。2022年のオーストラリアの洪水では、ニューサウスウェールズ州の沿岸部およびクイーンズランド州の南東部が被害を受け、その保険損害額はオーストラリア史上最高となりました。 主要なモデリング会社はいずれもこのようなシナリオを想定していませんでした。

このような多様性に富み急速に発展しつつある地域においては、より統合的なデータおよびモデルが不可欠です。現時点では、地域内で最もデジタル化が進んだ市場においても、未だCRESTAツール (リスク評価のための伝統的な業界標準) からのデータや州レベルのデータを使用しているのが現状です。日本の保険会社に大きな損害をもたらした南アフリカの洪水では2、データに関する保険のグローバルバリューチェーンの盲点が露呈しました。保険会社が求めているデータは、(1) モデリングに使用できる密度の高いデータ、および、(2) モデルの設計およびアップデートに役立つ事象発生後の詳細な支払データ、の2つです。

モデリングが適応し、不足分を補うためのステップが講じられるまでの間、アンダーライターは不確実性と予測不能性を計算に入れて現実的に料率を設定する必要があります。信頼のおけるモデルが利用できない、または不足している場合には、近似的または先を見越した引受を行う必要があるかもしれません。これは、経済および気候の急激な変化に対応するために重要性が増しつつあるスキルです。

正確なリスク評価をつなぎ合わせる

自然災害が発生したなら、重要な教訓を見逃さないようにする必要があります。災害の影響をリスク見通しに適時に取り入れることにより、より持続可能な引受が可能になります。

心強いことに、幾つかの市場では保険会社は既に自然災害リスクの料率設定をアップデートされたリスク見通しに合わせて調整し始めています。例えば日本では、2018年以降の大型台風 への対策として、モデリング会社やその他のステークホルダーがモデルを刷新しています。これらの変更は、学んだ教訓だけでなく、台風による洪水のリスクなど、過去の経験に基づくより広範囲におよぶ改善策をより正確に反映するものです。

アジアにおいてまた「失われた10年」を繰り返さないためには、市場の料率が変化するリスク相応のレベルに達する必要があります。過去の事例から学んだ教訓を取り入れ、現状を正確に反映した自然災害リスクモデルはアジアやその他の地域で最も有用な資産となります。より質の高いデータを入手し、透明性の高い仕方で共有し、新しい情報をリスク評価に積極的に取り入れるためには、保険のバリューチェーン全体でステークホルダーによる強い継続的なコミットメントが必要です。詳細かつ質の高いデータとモデルにフォーカスを絞ることにより、将来保険業界が受けるショックを最小限に抑え、地域のビジネスや人々のレジリアンスを強化することが可能になります。

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