日本における再保険:進化するリスク環境における継続性の確保

*本記事の出典は、2024年7月6日に保険毎日新聞に掲載されたインタビュー記事です。

4月の再保険更改状況について、スイス再保険会社の日本における代表者である百々敦浩氏にインタビューした。同氏は、再保険の波は、世界的な巨大災害や想定外の災害の有無、国際的な金利動向に影響されるが、その意味でマーケット状況は不安が和らいだと述べた。また、今後は、元受保険会社との双方向コミュニケーションを通した継続的かつ長期安定的な関係維持に引き続き留意する必要があると強調した。

環境認識と市場動向

― 再保険を取り巻く環境認識、市場動向についてどう見ているか。

百々 昨年は少し落ち着いていたものの、毎年、大陸性の嵐、洪水や山火事、最近では雹災といった気象災害が世界各地で頻発し、その損害規模も大きくなっている。こうした災害イベントによる損害は、地震やハリケーンと比べて小規模となることが多いが、どこで、どのようなイベントが起きるかの予測が難しく、保険業界を悩ませている。気候変動が将来どのように影響するかを考慮する必要もある。複雑さという観点からいうと、コロナウィルスによるパンデミックの影響がどのような形で損保業界を揺るがすか、また、その後起こったロシアによるウクライナ侵攻に関して、どこから保険損害が発生するか、といった問題がある。言うならば、実際の社会動乱やイベントを通して、保険がどう活用されるか社会実装を強いられるような状況がしばらく続いている。保険の継続性や適正化という意味では、本来、保険の目的となっている事柄にきちんと保険金の支払が行われ、保険契約に含まれていないところには、支払が発生しないことが前提となる。再保険マーケットはここ数年、その商品が保険の原理・原則に基づき明確なものであったか、継続的に提供できる適正な商品となっていたかの確認および調整に追われていると言える。

4月の日本マーケットにおける更改状況の特徴

―そのような認識の下、今回の更改で特徴的なことは何か。

百々 経済活動にも複合的な要因からくる経済サイクルがあるように、再保険マーケットにも再保険キャパシティのサイクルがある。再保険の波は、特に、世界的な巨大災害や想定外の災害が起きたかどうか、また金利、特に米国金利の水準の程度に影響される。昨年は、以前から続く再保険業界のコンバインドレシオ高止まりの状況のなかで、米国金利が引き上げられ、一気にマーケットがハード化した。今年は、FRB が金利の据え置き、さらには引き下げもにらむ展開で、大きな自然災害等の損害が見られなかったこともあり、マーケットの状況は不安が和らいだと感じている。主に1月に更改を迎える北米や欧州を拠点とする保険会社の更改が安定した動きとなったこともあり、日本の4月更改も、その動向に安堵感がみられた。ただ、すべての種目で、無風状態だったわけではない。例えば、北米の損害賠償に支払われる賠償金が高額化している。それにともない、グローバルに展開する事業会社の契約を引き受ける賠償責任保険プログラムでは、料率やリミット、条件面での引受の厳格化がみられた。また、火災保険の収支が悪化した状態が長く続くなか、大口の火災保険契約に対する料率等、条件面の更なる適正化を元受会社にお願いすることとなった。

更改における留意点

―更改において懸念される点や留意した点は何か

百々 留意したことのひとつは、前述の保険契約や商品の明確化と適正化である。将来も継続的に商品提供できる適正なプログラムになっているかどうかについて留意した。もうひとつは、保険引受のデータを活用すること。ITや統計分析の昨今の技術発展により、大口契約レベル、ポートフォリオレベルでより詳細なリスク分析が出来る基盤が出来つつある。

保険の想定外の事態やネガティブサプライズをなくすために、より多くのデータを駆使して集積動向や予想収益を分析し、ポートフォリオの透明性を上げることが大切である。一方、保険の本質において、どれだけ時間をかけて定量分析しても、不確定な部分は残る。すべてを数字に落とし込めない以上、元受保険会社との双方向コミュニケーションを通して、継続的かつ長期安定的な関係を維持することに留意した。スイス・リーは 1913年に初めて日本の保険会社と契約して以来、110年以上にわたり日本のリスクを引き受けてきた。2004年に日本支店を開設して、今年は20年の節目の年に当たる。社会環境が変化し、複雑・複合化しているなかで、保険契約や商品の明確化および適正化を目指すと同時に、事故の際にスムーズな支払いができるよう、元受保険会社との緊密な連携を常に心がけている。

異常気象による災害激甚化

― 異常気象による再保険への影響の現在と将来見込みをどう見ているか

百々 損害保険料率算出機構、住宅総合保険の参考純率では、14年以来過去5回の引き上げがあった。自然災害の頻発もあり、この10年にわたり火災保険の収支は赤字が常態化している。自然災害による損失は、70年以降の50年間でインフレ調整後で10倍に拡大している。自然災害の影響を受けやすい地域に、経済発展と都市化による資産集中が起きたことが原因だ。将来の気候変動の影響については、最新の科学的知見に基づく試算や試みも進んでいる。世界の平均気温が 40年までに産業革命前より1.5℃上昇するという前提に基づくと、先進国における気象関連(台風・ハリケーン、冬の嵐、洪水、山火事)の保険損害は、40年までに30~63%増加 すると推定される。日本の洪水による損失は、弊社試算では、40年までに64%の増加が予測されている。異常気象の頻度と深刻さが増すと、保険料を引き上げて対応しなくてはならない。大幅な増額が必要な場合、リスク軽減対策が不十分な場合は特に、建物所有者の保険の購入が経済的に成立しなくなることも考えられ、気候変動が保険の継続性に影響を与える可能性がある。この「保険の継続性」は、今後も議論が必要な社会課題となる可能性があり、その場合、保険業界単独ではなく、政策決定を行う自治体、政府との官民協力も必要となる。既に、プロテクション・ギャップすなわち保険でカバーされない経済損害が問題となっている。今後も、再保険の活発な需要が予想される。われわれ保険会社は、リスクの知見をもとに、リスク移転とリスク軽減に関する努力の必要性を同時に発信していかなくてはいけない。

特殊なリスクへの対応

― 特殊なリスク、特にサイバーリスクへの対応をどう考えているか

百々 コロナウィルスによるパンデミックで、急速に変化した社会・環境のひとつが、デジタル・シフトである。また、昨年の初頭に始まった、ロシアによるウクライナの侵攻後、中国・アメリカの関係悪化もあり、サイバー攻撃が大きな脚光を浴びることとなった。サイバー・セキュリティの会社、マカフィーによると、20年のサイバーによる年間”経済”損害は、9,450億ドルと推定されている。これは主に、知的財産の侵害と金融犯罪によるものである。自然災害による世界の経済損害が最大となった年は、弊社調査によると、ニュージーランドの地震と東日本大震災、タイの洪水など極端な自然災害が発生した11年であった。その11年の経済損害は約5,000億ドルであり、サイバー損害は実績ベースで自然災害の過去の最大値の2倍近くの規模にまで膨らんでいることが示されている。特に、ランサムウェアと呼ばれる、身代金要求型の犯罪は被害額の規模も大きい。22年の世界のサイバー保険市場は、21年比30%増の130億米ドルに達し、23年の保険料は156億米ドルに上ると推定されている。日本市場でも年率20%で急速に成長しており、最近の調査では、40年までにサイバー保険が再保険料の面で自然災害を追い越すと予測されている。日本のサイバー市場は15年に始まり、それ以来急速な成長を続けてはいるものの、日本損害保険協会の調査によると、20年の日本での普及率は8%にとどまる。日本のサイバー保険の、補償内容の世界との顕著な違いは、ランサムウェアの身代金支払いが補償対象外であり、事業中断の補償が制限されていることである。サイバーは、保険引受可能性の境界線にあるといわれている。その理由は、サイバー保険は分散が利きにくく、人間の恣意性がリスクに成りうることにある。例えば、テロ組織やハッカーが社会システムへのシステミックかつ壊滅的な打撃を企てる、といったリスクがある。そうした大規模なサイバー攻撃は過去にも例がなく、あったとしても過去の事例は対策がとられるため、過去の事例とは異なるものが新たな標的となり、データ化や定量化することが難しい。同時に、最新のテクノロジーは刻々と進化するため、新たなリスク環境へのモデル化と合意形成が難しくなっている。サイバーリスクの不確実性や課題を減らすために、必要なものとしては、まずは、契約やデータの標準化、モデリング能力の向上である。それにより、リスク量の計算とリスクに対する値段の合意形成を図ることができる。次に、外部のサイバー・セキュリティ―企業とのパートナーシップが重要である。リスクの洗い出しから 事業継続計画、復旧計画といった最低限の予防、防御、バックアップの対策を講じていることを保険提供の最低条件にしていくことで、リスクの可視化と軽減を図っていかなければならない。

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