日本はこれまで様々な理由で世界の注目を集めてきましたが、健康的な習慣を効果的に取り入れたことによる平均寿命の長さもその一つに入ります。OECD加盟国中では、スイスもきわめて高い平均健康レベルを誇りますが、日本は国民の平均寿命の点でG7中トップに君臨しています。

スイス・リー・インスティテュートの最近の報告書「平均寿命の未来:保険のための長期死亡率改善トレンド予測」によれば、日本のこの成果は偶然の産物ではありません。入念に策定され数十年に渡って取り組まれてきた公衆衛生政策により、新たな医療リスクやチャンスの道筋を巧みに整えてきたのです。その結果が、医療技術の進歩、医療供給体制の充実、および健康的な生活習慣であり、同様の成果を目指す他の国々のための模範的モデルとなっています。

政策立案者および保険業界は、新興リスクを絶えず警戒し社会を守り続けるための対策を講じる必要があります。この点でも日本のサクセスストーリーは示唆に富んだ青写真です。

1960年代以降、心血管疾患患者の生存率が大幅に改善したことにより日本の死亡率は著しく低下しました。また、脳血管疾患および胃がんの関連死が大きく減少したことも死亡率低下につながりました。1980年から2012年にかけて、35~84歳の虚血性心疾患による年齢調整死亡率は61%、脳卒中では83%といずれも 低下しています。 高齢者に発症することが多いこうした疾患の生存率が大きく改善されたことで、毎年何千人もの命が救われていると捉えることもでき、日本を世界有数の長寿国にした一因となっています。これら成果の多くは生活習慣の改善がもたらしたものですが、それを主導してきたのは効果的な規制と積極的な公衆衛生教育です。例えば、疾患予防および受動喫煙防止のため、1982年には心血管系疾患予防の全国プログラムが導入され、2003年には健康増進法が制定されました。公衆衛生向上のための継続的な努力により今後もさらなる改善が見込まれており、慢性心疾患および脳卒中による死亡者数は2011年から2030年にかけて16.5% 減少すると予測されています。

65歳超が人口の29.1%を占める日本は世界で最も高齢化の進んだ国の一つであり、今後も人間の限界寿命において世界に先駆けると考えられていますが、同時に課題も抱えています。スイス・リー・インスティテュートの報告書が言及する人口動態統計的変化、すなわち社会の急速な高齢化と2050年までに現在の5分の1が縮小すると予測される人口の減少などが日本の経済に悪影響を及ぼし社会的セーフティーネットに大きな負担を課すと考えられています。神経変性疾患など加齢に伴う疾患が増えて医療体制がひっ迫することや大きな課題である長期的な介護ニーズなど、今後見込まれる根本的変化に備え的を絞った積極的な対策を講じることにより国民の健康管理に取り組む必要があります。

既存の政策への取り組みを強化するだけでは十分でない可能性があります。歴史的に見て寿命の延びには波があり、医学の進歩とその長期的な効果漸減に伴い変化します。2010年以降、日本およびスイスの寿命の延びのペースは減速していますが、これは心血管疾患の治療などの分野での進歩のペースが鈍化しているためです。さらに、都市人口の増加、座りがちな(セデンタリー)ライフスタイル志向、超加工食品の多い食生活などにより肥満・糖尿病の有病率が上昇しており、長期的には死亡率・罹患率に影響を及ぼす可能性があります。

平均寿命延伸の次なる波をもたらすもの

スイス・リーの報告書は、日本が実現した長寿を維持しつつこれらの課題に取り組むための、遠い将来をも見据えた前向きなアプローチを提案しています。有望な分野の一つが、今後30年間で診断技術および標的療法へのアクセスを向上させることによりがん関連の死亡率を抑制することです。

人工知能 (AI) の進歩も医療技術の進歩に数多くのメリットをもたらすと期待されており、がんの画像診断の分野では既に機械学習の活用が始まっています。他にも、有望な薬候補化合物を特定し、その効果を予測するために膨大なデータセットを使用する従来の方法からAIを活用した方法に変えることで新薬開発にかかる時間を劇的に短縮することも可能です。AIソリューションとの融合が進めば、医療関係者の意思決定や個別化治療計画の作成に役立つと期待されています。

より長期的に見ると、加齢に伴う疾患および神経変性疾患 (アルツハイマー病や認知症を引き起こすその他の疾患)の治療 へと焦点が移ると考えられます。現在の治療は症状緩和に重きを置いていますが、新たな治療法はこれらの疾患の根本原因にアプローチすることにより進行を遅らせ、場合によっては止めることもできると期待されています。

ライフスタイルを中心とした変化

質の悪い食生活や生活習慣などの不健康リスク要因を管理するには、医学の進歩が重要であると同時に政府による強固な健康政策も不可欠です。国民の平均寿命を引き続き改善するには、ライフスタイルの大幅な変化を奨励する必要がありますが、日本では既に様々な組織がこれに取り組んでいます。一例として、日本高血圧学会では脳卒中死を減らすための減塩計画を策定しています。

国民の健康増進は、国全体の医療レジリエンス強化につながります。この最たる例が最近の新型コロナウイルス感染症によるパンデミックで、糖尿病や肥満等に代表される代謝性疾患(メタボリック)が新型コロナの生存率低下の予測因子となりました。

平均寿命延伸の次の波をもたらす鍵となるのは慢性疾患の管理ですが、これまでの改善を損ないかねない新興リスク要因を注視することも同様に重要です。気候変動や耐性菌に起因するリスクが人類の健康にとっての新たな脅威となり、併存疾患を持つ人や高齢者を危険に晒す可能性があります。そのため、政策立案者や保険業界は、新興リスクに対する警戒を続け、社会を守りぬくための対策を講じる必要があります。    

日本は今後も平均寿命の記録を延ばすと目されており、その成功は称賛に値するものとなるでしょう。そして、高齢化が進む他の先進経済諸国にとって示唆に富んだモデルとなり、社会の健康増進と持続可能な成長の道筋を世界に示すものとなり得るのです。

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